"もっと見たこと無いものが見たい"

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この言葉は重い。人生は有限なのだ。

(via uwagoto) more!more!

これは人(経験・知識)によっては同じ物を見ても見えるものは違うというところも考えるべきよ。

(via yoosee)

(via umi82mizuiro)

認識は後からやってくる、ことを知ると、同じものを何度見ても新鮮

理解は常に事後的な作動

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larameeee:

kitty (via Photo)

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小学生の姪が我が家にきてテレビを見ていた。

その足の爪があまりにも伸びていたので切ることをすすめた。姪は自分で足の爪が切れないというので、仕方がないので私が切った。

本来なら兄嫁の仕事なのだが、兄嫁は・・・・・まあ、まったくそういったことを気にしないタイプなんです。

とにかく、人の足の爪を切るのは初めてなのでおっかなびっくり切っていた。そこに母がやってきて

「あら、姪ちゃん足の爪がのびていていけないねえ。足の爪が伸びているとどうなるかしってる?はげちゃうんだよ。爪がはげるの。しってる?痛いんだよ。大人の男の人でも悲鳴を上げるほどなんだよ。」と横から口を出してきた。

母はむかしから、こういう最悪の結果を出しておどすように人になにかを教え込む人なのだ。

そして私はこういう母の教え方が大嫌いなのだ。

なにかしかるとき例としてあげるならともかく、こういった日常のことでさえこれなのだから子供のころから*1しんどくてたまらなかった。

ブログを眺めると、人の教え方、モチベーションのあげ方などの方法がしょっちゅう書かれている。

それらにはマイナスの言葉を出さない。だしてもすぐにプラスにつながる言葉を出す、などが多い。

そうなのだ。子供のころからそういったマイナスの言葉を刷り込まると、痛み、恐怖から回避することが行動の目的になり、下ばかり見ている人生になるのだ。

そんなモチベーション下げられまくりに育った私は、かなりの「欠落」があり、そしてその欠落を埋めるために一人で数年の時間を費やした。(ここらへんは個人史になるのでつまんないので語らない)

私は姪に「爪が短くなったら歩きやすくなるよ。走りやすくもなる。靴下も穴が開かずに長持ち!」ととりあえず爪を切ると長い今よりも良くなるよ、ということを言った。

私は姪と甥(またはそのほかの人すべて)に恐怖や痛みでなにかを教えるということはしないよ。

そうやって育った人生がしんどいのを自分で知ってるから。

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おどしながら教える人 - ( ) (via petapeta) (via tuara) (via ultramarine) (via udonchan) (via hanemimi) (via yuco) (via yaruo) (via gkojax) (via kashiyukalove)
2010-01-20 (via gkojay) (via mitukiii)

2010-09-20

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Real friends are there for you.
Photo via I ♥ Cats

sologatos:

34559

“I love you, Snowman. You understand me.”

visitheworld:

Lovely town of Wissembourg in Alsace, France (by Bibendum41).

"まずしてはいけないのは、子供と対等な目線に立つということだった。子供に目線を合わせようとすることだった。
子供というのは、この世の身も蓋もなさを大人以上によく分かっている。そこにはよりプリミティブな形での上下関係があって、彼らはそれをとても素直に受け入れている。
彼らにとって、人間関係とはまず上か下かのどちらかなのである。人間は平等だなどというややこしい感情はあまりない。だから、自分に目線を合わせようとする人間に対し、子供は警戒心を持つのだ。有り体に言うと、胡散臭さを感じる。
中でも取り分け良くないのは、話し方を合わせようとすることだ。よく赤ん坊に「あらぁ、どちたのでちゅかぁ、なにをちてるのかなぁ?」などと気持ち悪い話し方をする人がいるが、そういう人が赤ん坊に好かれているのを見たためしがない。赤ん坊は、まずそういう気持ち悪い話し方をする人を嫌う。赤ん坊は、もっと普通の話し方をする人が好きなのである。そういう気持ち悪い言葉じゃなく、「おいおい、どうしたんだ、何してんだよ?」と普通に話してくれる人の方が、ずっと好感が持てるのだ。
これは赤ん坊だけに当てはまるものではない。小学生だろうが中学生だろうが高校生だろうが、子供は子供の目線に合わせた話し方をする大人を嫌う。もっと普通に、その人が普段話している言葉遣いで話してくれる人の方を好む。それも、対等の立場ではなく、できれば上から目線で話してもらった方が落ち着く。胡散臭くない分、信用できる。
そこにはもちろん、毅然とした態度とか、確固たる自信とか、それを裏打ちする実力とか、経験とか、そういうものも必要だろうが、子供は何より大人には大人でいてほしいのだ。上なら上でちゃんと上であってほしいのである。その方がずっと落ち着くし、良い人間関係を築けるのだ。"

教育することの面白さって何だろう? - ハックルベリーに会いに行く (via tessar)

(via akubeam)